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天然石&オーストリア製クリスタルサンキャッチャー
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アンシェントメモリーオイルは 願いを叶えるためのファンタジックアイテム 自然の神々に感謝し それらの恵みを通して 自己や周りの環境を向上させていくという生き方を 実践する人たちから学んだ 秘伝の継承者 miss.ドナにより手作りされています。 はっきりとした目的意識を持って クリエイトされており レイキティーチャーもイチ押しのエネルギーで カラーヒーリングにも対応しているからとてもいい ということで使い始めたもの。 なるほど 色がはっきりしているからチャクラに使うのもわかりやすい・・・。 早速私は 緑色だからって理由で胸のあたりへ (堅苦しく考えなくていいということなので) <ヒーリング>と<ハートチャクラ>をダブル塗りし始めた。 カラーセラピーを受けた時 古く大きな傷が魂にあって それが原因で前に進めないでいるということだったので 試してみようと思ったのだ。(何のことかさっぱり解らなかったし) 1~2週間ほど経つと 時々脳裏に なんか馬に乗ったインディアンの男性が浮かぶようになった。 過去世療法なんてまだ知らなかったので 何これ、これっていわゆる前世...ってこと? それとも... 癒され始めたものが映像として現れてるの...? ごちゃごちゃ考えてみても訳が分からず 意識を集中して その根底に何があるのか見てみようと思った。 (詳細は除く・・・) 焼き払われた集落に呆然とたたずみ 部族のみんなを助ける事が出来なかったという強い罪悪感と 自分に対する不信感 愛する人たちを失う身を裂かれる痛みや 人を愛することをもう二度と自分に許すまいという思いが伝わってきた。 (責任感が強く、全てのものに敬意を払う精神性と自己に対する厳しさをもつ男性だった) その前に 聞きもしないのにいろんな人から 1つ前の前世は修道女だったとか言われてて(4~5人くらい) それじゃあ キリスト教徒の罪の子とか懺悔とかいうのって そういう流れ? なんて妙に腑に落ちたりした。 (潜在意識が適切な表現方法として選んだ 象徴的意味合いの場合も多い) 別にクリスチャンでもないのに 自己犠牲的精神とかそういうものが自分の中にあって 言われるまで気づかなかったけれど そういえば幼稚園は キリスト教の牧師さまが経営する小さな教会だったしなあ... などということも思い出し ああ...そっか 苦難の道なんていうのは 今の状況であえて歩んで行かなくてもいいし 自分のことも大事に世話してあげたり 清貧とか言わないで、人生をもっとを楽しんでもいいのだと 縛りが解け すごい開放感を感じた。 その後... ヒプノセラピーを学んでいる時に あのインディアンが再び出てきて 白人の砦へと向かう... 白人の卑怯なやり方に対する「絶対許せない!」 という憤りとともに 何故そんな事をしたのか全く理解出来ず その理由を知りたいと強く思った。 けれども 理解することのないままに、その場で射殺されてしまう。 最後に 「正義」という2文字が浮かんだ。 次に ローマ時代の腐敗した政治家(私?)が コロシアムで人間同士殺し合うのを楽しんでいたが 自らの策略により陥れた人々の手によって殺される光景が見えた。 メタボな感じの中年男で あまりにも対照的で意外だった・・・。 まさに「正義」と「悪」だ。 そういえば、ずっと昔からその2つの戦いが続いてきたなあ・・・とふと思う。 でも 正義って正しいことなのに どうして怒りが込み上げてきて悪と戦うんだろう・・・。 どっちも同じ、自分も相手も傷つける。 もちろん 正義がなかったら 悪は自らを悪だと認識しないままにはびこっていくだろう。 私は さくらももこが挿絵を描いた 「アミ小さな宇宙人」エンリケ・バリオス著の本をぼんやり思い出していた・・・。 ある箇所に 愛の水準が発達した人々の使う光線銃というのが出てきて それを使うと 攻撃しようとする相手がもの凄い幸福感に満たされ 戦闘能力が全く無くなってしまうというものだった。 子供向けの本なのに ちょっと衝撃を受けた。 戦わずに勝つ?っていうか、なにその攻撃方法・・・。 「愛」は・・・戦わない? 人は すごく幸せだと怒れないし 満たされていれば、何かと競争したり奪う必要もない そんな風に 心を満たすことのできる本当のものって何だろう... いくら集めても、どれだけ求めても 空虚で満足できないものは、自分にとって本物ではないのだろう。 だとすると 正義も誰かを裁くと同時に自分自身をも裁くようになり 本当のものではなくなってしまうのかもしれない。 理想を求めるあまり自分を厳しく裁き続けても、ちっとも幸せになれない... これからは ほどよいバランス感覚と 二元論という分離ではなく共感から始まるものが きっと私にとっての本当のもの... 私は早速目を閉じると 再びイメージの中で ネイティブ・アメリカンの 様々な思いをしっかりと受け止めて(感じて)から もう自分を責めなくてもいいよと ゆっくり呟いた... それから ちょっと抵抗があったけど ローマ時代の男に向かって両手を広げ ハグしようとすると 彼は 自分なんかに触れるとあなたが汚れてしまう と言って大きな身体を精一杯縮めたまま下を向いて動かない... その姿はひどく寂しげで 思わずそっと抱きしめると、彼の身体がみるみる小さくなり なんと赤ん坊に変わってしまった。 私の腕の中にいるのは 人を人とも思わない、卑劣な計算高い中年男ではなく 可愛らしく純粋無垢な存在。 これが 本来の姿だったのだと その時やっと理解することができた。
♣ あらゆる副人格や要素を自分の中にもっています。 ある面を強く否定していると そのシャドーは受け入れ認めて貰えるよう 身近な人の姿を借りて現れます。 人はやはり どこまでも「愛」という意識へと進んでいるんですね。 苦手な人や認められない肉親をもっている方は、とても辛いですが 心の準備が出来たとき イメージの中で愛を込め、その人を抱きしめてあげてみてください。 すると その人はただ愛を感じられずに不安や絶望を抱き 感情を麻痺させていただけなのだという事に気づかれることでしょう。 イメージに変換すると 意識の深い部分にアクセスする事が出来 短期間で急速な変化を遂げることがあります。 スポーツトレーナーの方も 脳はイメージしたことと現実の区別がつかないので 試合前にはイメージトレーニングをするというというお話をされていますし ご自分で出来ることから挑戦されてみてはいかがでしょう。 自分にしっくりくれば イメージの内容はこうでなければという制限はありません。 願いが叶ったり 楽になったりという変化があると嬉しいですね。
こだま ...この世は〝すべて2つで1つ〟だということです。 もし 昼が夜をきらいだ、といってしまったら 昼は昼であることはできません。 光が影を否定したら、光は光であることもできません。 この逆も同じです。 まず、向かい合った相手を〝まるごと受け入れる〟ことなくして 2つで1つは成り立ちません。 この〝2つで1つ〟を具現化できる方法は たった1つ 〝こだます〟ことでしょう。 かつて私たちのまわりにいてくれた人たちはみんなこだましてくれました。 私がころんで、「痛い!」といった時 「痛いね!」と 私の痛さを〝まるごと受け入れて〟こだましてくれました。 こだましてくれたおかげで 痛さは半分になることができました。 おじいさん、おばあさんはもっと上手に何度も何度もこだましてくれて 痛さを半分に半分にしてくれて その後で「痛いの、痛いの、飛んで行け!」と、おまじないをかけてくれたり 「泣くのやめようね」と、優しく励ましてくれたので 痛さはいつの間にか消えていきました。 ... 「あなたはあなたでいいの」より抜粋 矢崎節夫/著
【著者紹介】 矢崎節夫:1947年東京に生まれる。 早稲田大学在学中より詩人佐藤義美、まど・みちおに師事し、卒業後文筆活動に入る。 1988年、童話集「ほしとそらのしたで」で、第12回赤い鳥文学賞を受賞。 また、童謡詩人金子みすゞの埋もれていた遺稿を見つけ出し 「金子みすゞ全集」として出版、以後その作品集の編集・出版に携わる。
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